高価な高性能レンズを購入したにもかかわらず、写真のシャープな部分の縁に「紫や緑の色のにじみ」が出たり、真っ直ぐな建物が「樽のように歪んで」写ったりして、がっかりした経験はありませんか?
これらの現象の正体は、レンズの設計上、原理的に避けられないエラー、すなわち**「収差(しゅうさ)」**です。
収差は、写真の画質を低下させる元凶であり、この補正こそが、高性能レンズが高価である最大の理由です。収差の種類と仕組みを理解することは、レンズの画質の良し悪しを見分けるための、最も重要な知識となります。
本記事では、写真に現れる主な収差の種類と、現代のレンズメーカーがそれらをいかに高度な技術で補正しているのかを徹底的に解説します。
はじめに:最高のレンズでも避けられない「収差」の壁
レンズは、光を屈折させてセンサー上に像を結ぶための精密機器です。しかし、レンズが持つ「光を屈折させる」という機能自体が、像を完璧な形に結べない原因になります。
収差とは、**「レンズが結ぶ像が、理想的な(物理法則に完璧に従った)像からズレる現象」**の総称です。
私たちが目にする「シャープで美しい写真」は、レンズ設計者が、この収差という物理的な壁と戦い、いくつものレンズエレメント(ガラス玉)を複雑に組み合わせて、収差を打ち消し合った結果として成り立っています。
収差の種類は多岐にわたりますが、写真の画質に影響が大きい主要な収差を理解していきましょう。
ステップ1:収差の基本原理とは?
収差が発生する要因は、主に以下の二つに分けられます。
1. レンズの形状によるズレ(単色収差)
単純な球面レンズでは、レンズの中心部を通る光と、周辺部を通る光とで、焦点位置がわずかにズレてしまいます。このズレは、光が単色であっても発生するため、「単色収差」と呼ばれます。歪曲収差や球面収差がこれに該当します。
2. 光の波長によるズレ(色収差)
光は波であり、波長が異なります。レンズのガラスの中を光が通過する際、波長(色)によって屈折率が変わる現象を**「分散」**と呼びます。
例えば、波長の短い青い光は大きく曲がり、波長の長い赤い光は小さく曲がります。その結果、異なる色の光が一点に収束しないため、像が色のにじみとして現れます。
ステップ2:写真の画質を低下させる主要な「収差」
私たちが撮影した写真を見て、画質の低下を最も感じやすい二つの収差を解説します。
1. 色収差(色のにじみ:Chromatic Aberration)
色収差は、前述の「光の分散」によって発生します。
【現象】
- 明暗差の激しい被写体の輪郭(特に逆光の枝や建物のエッジなど)に、**紫(マゼンタ)や緑(シアン)のフチ(フリンジ)**として現れます。
- この現象は、焦点面に対して色ごとの焦点位置がズレることで起こるため、像が不鮮明になり、シャープネスが著しく低下します。
特に、広角や望遠といった極端な焦点距離のレンズや、明るい開放絞りで撮影した際に目立ちやすくなります。この色のにじみは、写真全体のクリアさを損なう、画質低下の最大の原因の一つです。
2. 歪曲収差(歪み:Distortion)
歪曲収差は、写真の中心部と周辺部で像の倍率が異なることで、直線が湾曲して写る現象です。
【現象と種類】
- タル型収差(樽型): 画面の中心から外側へ向かって膨らんだように歪む現象。広角レンズで顕著に見られます。
- 糸巻き型収差: 画面の外側が中心に向かって引き絞られたように歪む現象。望遠レンズで顕著に見られます。
特に建築物や集合写真など、写真に直線が多く含まれる場合に問題となります。現代の安価な広角ズームレンズは、この歪曲収差をあえて大きく残したまま設計し、ソフトウェアで補正することを前提としているケースが増えています。
ステップ3:その他の重要な収差
写真の表現や特殊な撮影に影響を与える、その他の収差を見ていきましょう。
1. 球面収差(ボケの質に影響:Spherical Aberration)
レンズの曲面が完璧な球面であるために、レンズの周辺を通る光と中心を通る光の焦点位置が一致しない現象です。
【現象】
- ピントを合わせた面の前後にわずかなズレが生じることで、写真の解像感が低下したり、光が理想的な一点に集まらなくなったりします。
- この収差は、特に**ボケの「質」に大きく関わります。補正が不十分だと、ボケた部分の輪郭が二重に見える「二線ボケ」**が発生する原因の一つとなります。
2. コマ収差(星景写真の天敵:Coma)
非点収差と並んで、画面の中心から離れた位置の点光源の像が、彗星(コマ)の尾のように放射状に流れてしまう現象です。
【現象】
- 星景写真や夜景写真で、画面周辺の星や小さな光源が、鳥が羽ばたいているような形や、尾を引いたような形に歪んで写ります。
- この収差は絞りを開放した際に目立ちやすく、夜間の高画質撮影を追求する上で、極めて重要な補差対象となります。
ステップ4:収差を補正する現代のレンズ技術
現代の高性能レンズは、これらの複雑な収差を極限まで抑え込むために、高価で特殊な技術を採用しています。この技術の結晶こそが、レンズ価格の差となって現れます。
1. 特殊レンズ素材の採用(色収差の補正)
色収差は、通常のガラスでは補正が難しいため、特殊な素材が用いられます。
- ED(Extra-low Dispersion)レンズ、UDレンズ: 異常な分散特性を持つ特殊低分散ガラスを使用することで、青と赤の焦点のズレを効果的に打ち消します。
- 蛍石レンズ(フローライト): 極めて異常な分散特性を持ち、色収差をほぼ完璧に除去できる高級素材です。主にプロ用の望遠レンズなどに採用されます。
これらの特殊レンズを複数枚組み合わせることで、色のにじみのないクリアな画質を実現しています。
2. 非球面レンズ(球面収差・歪曲収差の補正)
レンズの曲面を完璧な球面ではない複雑な形に加工したのが非球面レンズです。
- 球面収差の除去: 非球面化することで、中心と周辺の光を一点に収束させることができ、開放時の画質を劇的に改善します。
- レンズ構成の簡素化: 非球面レンズ1枚で、複数の球面レンズ分の収差補正効果を持つため、レンズ全体を小型化・軽量化しながら高性能化することができます。
3. ソフトウェア補正の進化
現代のミラーレスカメラやRAW現像ソフト(Lightroomなど)は、レンズのプロファイル情報に基づいて、歪曲収差や周辺光量落ちを自動で補正することを前提としています。
これにより、レンズ設計者は物理的な制約を多少無視して小型・軽量化を追求しつつ、最終的な画質はソフトウェアで担保する、というアプローチが可能になりました。ただし、色収差などの複雑なズレは、物理的に解決しないとシャープネスの低下に直結するため、特殊レンズによる物理的な補正は依然として重要です。
まとめ:収差を知ることが最高のレンズ選びに繋がる
収差は、レンズが光を扱う上で避けられない物理現象です。最高のレンズを選ぶということは、**「どの収差を、どれだけ高度な技術で抑え込んでいるか」**を選ぶことに他なりません。
- 写真の輪郭のにじみが気になるなら、EDレンズなどの特殊レンズを多く採用したレンズを選ぶ。
- 夜景や星景写真で画面周辺の点の歪みが気になるなら、非球面レンズを効果的に配置した明るいレンズを選ぶ。
この知識を武装することで、あなたは単にスペック表の「F値」や「焦点距離」を見るだけでなく、レンズの構成図や採用技術からその真の画質性能を見抜くことができるようになるでしょう。レンズ選びにおいて、ぜひこの収差の知識を活かしてください。
写真と映像、ガジェットも好きな人。必死に生きることは目分量。